音楽産業構造の変化によるアーティスト自立および地域再生の可能性

要旨

これまでの地域経済論では、文化産業、特に音楽産業は、日本において非常に強い一極集 中型の産業であるといわれてきた。それは、①東京にある大手のレコード会社を通じてしか デビューできず、②アーティストの創造性がほとんど報いられない(ごく少数のアーティス トのヒット曲が大勢のレコード会社社員の給料を生み出し、アーティスト自身には利益の 数%しか渡らない)旧来型のシステムが存在していたからであった。しかし21世紀に入り、 デジタル技術の進展が、こうした音楽産業の構造に革命的な変化をもたらしつつある。 (1)まず、音源制作が安価で行えるようになり、個人で自由に音源を制作し販売するイ ンディーズが増加した。アーティストはこのようなデジタル化の進展による技術を上手く使 いこなすことによって、自立への道が開ける。これが第1の方向である。①制作面では、安 価な音声編集ソフト「プロ・ツールズ」などの普及により、高額な録音機材設備や設備を使 わず、音源を制作することが可能になった。②宣伝面では、アメリカ発の音楽に特化したS NS(ソーシャルネットワーキングサービス)である「MySpace」などの利用の拡大がある。 2006年日本に進出したこのサイトを利用し、フレンド登録という手法でファンを拡大、メジ ャーデビューを果たした「たむらぱん」というアーティストの例も生まれている。③販売面 では、ダウンロード販売の最大手である「iTunes store」などでの音源販売を仲介する「ア グリゲーター」と、個人でも直接契約できるようになり、誰でもが販売できるようになった。 このようにして、これまでは、大手のレコード会社(大手レーベル)の資本により、高価な 機材で録音・制作し、「ディストリビューター」と呼ばれる問屋から小売店などへの複雑な構 造を通し販売し、宣伝も大手メディアを使わなければならなかった旧来型のビジネスモデル の価値が大きく減少した。新しいビジネスモデルでは、アーティスト個人ないしアーティス トに近いマネジメント事務所が、レーベル機能を兼ねて、音源を「アグリゲーター」を通し てネット販売できるようになり、また宣伝プロモーションもネットで直接行えるようになっ た。そして、結果として、本来の創造性の源泉であるところのアーティスト自身も、販売価 格の半分以上の利益によって報いられる可能性が出てきた。こういった構造の変化は、アー ティストとレコード会社という大企業の関係性を変化させ、アーティストがレコード会社に 対し、主導権を握るような活動の仕方をも可能にしようとしている。 (2)次に、デジタル化によって逆にリアルの価値が高まっているかのような流れができ、 ライブが重要視されてきている。こうした流れは、まず、海外の有名アーティストによる動 きに現われ、有名アーティストが、レコード会社からコンサートプロモーション会社へ、ビ ジネスのすべてを移す行動に出ている。活動の中心がライブへ移行し、CDはむしろ補助的 媒体になってきている。わが国でもCDの売り上げが減少する中で、ライブの動員数が増加 している。特に「地方の大型フェスティバル」が隆盛を迎えている。「フジ・ロックフェステ ィバル」「ライジングサン・ロックフェスティバル」「ロックインジャパン・フェスティバル」 などが有名なロックフェスティバルである。 このように、現在の音楽産業におきている2つの大きな変化、すなわち「1)デジタル化 を利用した方向性」と、「2)デジタル化と同時進行するリアル価値の高まりを利用した方向 性」が、すでに音楽業界やアーティストの動きに様々な影響を与えている。特に地方出身の アーティストが、地域に根ざして独自の活動を行う傾向が生まれてきている。そうしたアー ティストが、地域性を強調したアーティスト主導型イベントを開催する動きもある。そうし た動きは地域独自の文化振興・活性化に結びつく可能性があると考えられるのである。 こうしたことを総合し、政策論を検討すると、地元で活動しているアーティストたちが、 その地に根をおろして活動していくために有効な「支援策」は、1)デジタル化の波をうま く利用すること、および、2)逆にリアルの価値向上の波を利用すること、が重要となる。 こうしたことから、自治体などが行う政策としては、今後は、①IT化の推進、地元で活動 しているミュージシャンへのITを活用したプロモーションや販売活動に対する支援・教 育・啓発の推進や、地域のIT関連企業に対する音楽産業への進出の促進、②地域の遊休地 などを利用したライブイベントの招致及び開催への支援、③現在、地域に根をおろし活動し ているアーティストの活動に対する支援、などの点が有効になる可能性がある。その結論は 「デジタルは上手く利用し、人間であるアーティストを大切にする(人間回帰と創造性重視)」 という、シンプルな言葉で表現できる。これまでは、東京一極集中の元、全国的に音楽が均 一化・均質化され、それが日本の大衆音楽の魅力をも奪ってきた。しかし、そう遠くない未 来、デジタルの力によりアーティスト達は自分の手元に作品を取り戻し、ふるさとで収入を 得ながら活動し続けられる可能性が生まれていると考えるのである。
PDF (English)