生活文化用品としての伝統工芸の再生 ~地域住民力・川下戦略・物語価値~

要旨

伝統工芸品とは「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」及び地方自治体の定義によると、1)手工業性、2)技法の伝統性、3)原料の伝統性、4)生活性などをそなえたものであり、織物、陶磁器、漆器、木工品、仏壇・仏具、金工品など、「経済産業大臣指定伝統的工芸品」としては、北海道を除く46都府県で211品目が指定されているが、実際には全国に1300程度存在するものである。この伝統工芸産業の衰退が著しい。この20年間で企業数は半減、従業員数・売上げは約3分の1に減った。この理由として経済産業省は、1)需要の低迷、2)量産化ができない、3)人材、後継者の不足、4)生産基盤(原材料、生産用具など)の減衰・深刻化、5)生活者のライフスタイル・価値観の変化と情報不足などを挙げている。 ところが、近年、日本の産業経済全体のあり方が大量生産品から高付加価値化への転換を求められるに当たり、米光(2006)や長沢(2009)のように、むしろ伝統工芸が日本企業の再生の鍵として重要ではないか、という視点すらあらわれてくるようになり、伝統工芸が見直され始めている。しかしながら、伝統工芸全体としては厳しい状況は続いており、中にはほとんど衰退し、博物館的価値になりつつあるものもある。そこで本研究では、伝統工芸はあくまで生活文化の中で生きて活用されることが重要であるという「生活文化用品としての伝統工芸の再生」の立場から、厳しい状況の中でも、再生の芽をもつ事例を検討した。(1)菅笠は、癒しを求める近年の日本人のお遍路などのブーム、あるいは地域文化への関心の高まりなどで、復活する兆しがある。①「大阪市・深江地区」では、地域住民の力で一度は滅びかけていた菅笠が復活し、②その全国シェア9割を維持する「富山県高岡市・福岡町」の菅笠も再評価されている。(2)再生の足取りの着実な例をみると、産地から川下へ接続する試みがある。③「兵庫県淡路市・一宮地区」は、もともと線香の産地であったが、産地問屋が無い分、組合がコーディネート役を果たし、消費地への直接接続、線香からアロマへの構造転換と世界への発信を果たした。④また、「福岡県大川市・添島勲商店」は、産地問屋が革新を行い、生産者と一丸となって、消費者へアピールするデザイン性の高い高付加価値製品を開拓し、純国産花莚(かえん)のブランドを守った例である。(3)こうした川下戦略をとる産地を応援する官民のコーディネーターにおいてもすぐれたメカニズムが看取される。⑤中小企業庁のテストマーケティング・ショップ「Rin」は淡路市などの試みを地域ブランドとして、⑥民間のセレクトショップ「THE COVER NIPPON」は、大川市の試みなどを統合化ブランド戦略として応援する。いずれも「東京都港区」といった高感度な町にアンテナショップを出し、ネット戦略を展開するコーディネーターであり、ライフスタイル提案や物語価値などをうまく演出し、効果をあげている。このような例を分析した結果、伝統工芸の再生モデルとして、以下の三つを提唱する。【1.地域住民力モデル】伝統工芸の再生モデルの一つは、地域の住民による、文化的価値にもとづく再生である。儀礼、お遍路などの文化的行事の需要のために菅笠が再生しつつある。産地において、伝統工芸品(伝統工芸品を取り巻く風土や環境を含む)の文化的価値や物語的価値に気づいて再生・維持する。【2.産地が消費者と直結する川下戦略モデル】伝統工芸が衰退する最大の原因は、なによりも消費者に直結しないことにある。そこで、産地において、従来の枠組みに捉われず、川下へのダイレクトなブランド発信により、直接消費者に結び付くことにより、新たな販路を開拓する事業者協同組合や産地問屋等による例をあげる。【3.ライフスタイル提案/物語価値モデル】新しいエージェントが、「アンテナショップ+インターネット通販」で消費者との仲介をはたし、生産者が消費者と接続する。これは、上記2.の産地の川下戦略を支援する公・民の事業者の戦略である。現代の都市の消費者に対して、単に物を売るだけでなく、新たなライフスタイルを提案し、ものに込められた作り手の思いや地域の歴史をもの語り、感動を共有することで新たな伝統工芸品の使い手を生み出し、生産者と消費者のつながりをコーディネートする。その際、重要となるのが物語価値である。「Rin」では、「物語」をキーワードとし、使い方のほか、商品にまつわる、その地域の歴史や作り方についても説明を行っていること、「THE COVER NIPPON」ではライフスタイル提案などの点が重要であることが分かった。
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