グローバル化、少子・高齢化社会の進展が治安に与える影響と対策-地域社会における犯罪予防対策を中心として-

要旨

日本における犯罪対策は、平成期の犯罪情勢の悪化を契機に大きく変化し、犯罪対策の理論において、「犯罪原因論」から「犯罪予防論(防犯環境設計理論)」へと大きなパラダイム・シフトが見られ、犯罪予防論が犯罪
対策の中心に位置づけられるようになった。一方、地方分権改革の推進が、地域住民の身近に位置する基礎自治体の権限と責任を強化し、地方自治体の役割が大きくなる一方、コミュニティの機能の低下に対応するため、地
域住民の身近な組織として地域運営組織が基礎自治体傘下に形成が進められている。
治安指数は減少したが、児童虐待や配偶者による暴力事案、特殊詐欺やサイバー犯罪という新しい形の犯罪が増加した。これらの犯罪は私生活の領域で発生しており、地域住民の身近な圏域の犯罪予防対策として、多様な対
策を組み合わせて、問題解決を図る必要がある。警察は積極的に関与すべきではなく、基礎自治体及び基礎自治体傘下に住民の身近な組織として形成されつつある地域運営組織の役割として期待されているという議論がある

そこで本稿においては、地域社会における犯罪予防対策(安全なまちづくりの展開)のあり方について、次の三つの問題を提起し、先行対策や先行研究、先行事例等を分析・検討することによって、明らかにすることとした

第一の問題提起は、地域社会における犯罪予防対策は、警察ではなく、地域住民の身近な存在である基礎自治体が中心となって対応すべきだとする議論は本当に妥当か、というものである。
分析結果、犯罪対策は犯罪予防を中心とした社会安全政策へと変化し、地域安全と言われるように、その問題は単に犯罪だけでなく、地域住民の不安感のもとになっている秩序違反行為への対応や犯罪企図者を生み出す社会
的要因や個人的要因への対応を含めた広い対策が求められている。また、犯罪対策は警察主導から地域住民との協働(コミュニティ・ポリシング)による犯罪対策の主体の多様化による社会安全政策に移行しており、既に、
基礎自治体を中心とする安全なまちづくりの展開の方向へ動き出していることが分かった。
第二の問題提起は、もしそうであれば、基礎自治体はどのように対応したらより犯罪を未然に防ぐことができるのだろうか、その対策は進んでいるのか、効果があがっていないとすればその課題が何か、警察が果たすべき役
割は何か、というものである。
分析結果、犯罪を未然に防止するには、基礎自治体圏域における安全なまちづくりの展開が必要であり、具体的対策としては、基礎自治体を中心にその傘下に形成される地域運営組織による地域住民、関係機関などの協働に
よる地域の課題解決に向けた安全なまちづくりの展開(ソフト対策)と
ICTなど最新の技術を活用した安全なまちづくりの展開(ハード対策)の両面での推進が必要とされる。しかし、依然として、地域社会の一般予防活動についても、警察が中心となった対応が多くみられるのは、長い慣習
と基本となる犯罪情報は警察が把握しているために、犯罪予防対策は警察の業務との認識が強く、基礎自治体の関心が低いためと考える。また、日本の場合、警察と基礎自治体の一体的運用が難しい点にある。地域社会の犯
罪予防対策において、警察の果たすべき役割については、警察は犯罪情報を把握し、大きな組織力を有しており、一般的な犯罪予防対策(安全なまちづくりの展開)についても、主要メンバーとして犯罪情報を積極的に発信
すると同時に、必要に応じて参画することも必要であるが、本来は、日々発生又は発生が予想される具体的な事案などの現実の脅威に対し、警察にしかできない組織力を使った抑止活動や検挙活動を行うことで、地域社会の
犯罪予防に寄与することを主とすべきであると考える。
最後の問題提起は、地域運営組織の形成や活動は実際に進んでいるのか、進んでないとすれば何が問題か、新しい犯罪への警察の対応はどのようなものであるべきか、というものである。
分析結果、多くの自治体で地域運営組織の形成の必要性は認識されているものの、現状では自治会や社会福祉協議会など既存組織による活動が活発な地域も多く、地域運営組織の形成には地域住民の理解と参画が必要であり
、形成過程における課題も多く散見され、形成には時間がかかることが予想され、先行事例などからも長期的視野で取り組む必要があると判断される。新しい犯罪や課題への警察の対応においては、私生活の領域であるが、
警察に積極的な介入を求める見解もあり、関係法令の整備も進んでいることから、事案に応じて、関係機関との密接な連携を図りながら、取締りや事件の検挙活動を通じて対応する必要がある。

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